各国移転価格NEWS~香港~【3】 | 移転価格.com | 国際税務専門の税理士事務所|信成国際税理士法人
ニュース
コラム

各国移転価格NEWS~香港~【3】

画像

1 現状

香港における最初の移転価格税制は、2018年7月4日に可決され、7月13日より施行されてい2018年税務(修正)(第6号)(以下、「修正条例」)です。同税制により香港は、OECDの国際的取組みであるBEPS行動計画を実施することを明確にし、移転価格文書要件を初めて公式に取り入れ、移転価格文書の三層構造要件(マスターファイル、ローカルファイル、国別報告書)を採用することを定めたのです。

およそ一年がたった2019年7月19日に、香港税務局(以下IRD)は、税務条例解釈及び執行ガイドライン(以下、「DIPIN」)であるDIPIN58、DIPIN59、DIPIN60を公表しました。これらは、三層構造の移転価格文書(DIPIN58)、関連者間の移転価格(DIPIN59)、香港の恒久的施設への帰属利益等を含めた移転価格に関連するガイドライン(DIPIN60)です。DIPINは法的な拘束力を持ちませんが、IRDの香港移転価格税制に関する解釈及び実務執行方針を理解するうえでの手掛かりとなるものです。

2 DIPIN58の概要

本稿では、特に移転価格文書に係るガイドラインDIPIN58を取り上げます。香港の移転価格税制は、OECDのBEPS行動計画13に基づいた文書化を採用しています。DIPIN58では、文書化に関する実務上のさまざまな事項について、次のように言及しています。

  • 第一に、すべての関連者取引をすべてローカルファイルに記載する必要はないとされ、納税者側は、どの取引が重要であり、ローカルファイルに含めるべきかを慎重に判断しなくてはなりません。
  • 第二に、関連者間取引による収入、または利益が香港外で発生した場合でも、ローカルファイルに記載する義務があります。
  • 第三に、OECDの基準に基づくと、マスターファイル及びローカルファイルは毎年更新される必要がありますが、基本的な状況が変わらない場合は、特定のローカルファイル上の内容(ベンチマーク分析及び比較対象会社の概要等)は3年ごとに更新することが認められます。
  • 第四に、マスターファイル及びローカルファイルは、IRDに提出する必要はないものの、納税者は税務申告表上で文書の準備義務の有無を申告しなくてはなりません。

次に、DIPIN58では文書化の免除について言及しています。香港の納税者は、事業規模及び関連者間取引規模について、基準額を超えなければ特定の取引について文書化の準備は免除されるとしています。

まず、事業規模については、
① 年間売り上げが4憶万香港ドルを超えない場合
② 総資産が3億万香港ドルを超えない場合
③ 平均従業員数が100名を超えていない場合

この3つの条件のうち2つを満たす企業は、マスターファイル及びローカルファイルの作成・準備義務が免除されます。

次に、関連者間取引規模については、文書化の免除が適用されます。
① 有形資産の譲渡が2億2,000万香港ドルを超えない場合
② 金融資産取引が1億1,000万香港ドルを超えない場合
③ 無形資産譲渡が1億1,000万香港ドルを超えない場合
④ その他の取引において、4,400万香港ドルを超えない場合
(※ 上記の条件において、株式の発行、関連者への商品販売により生じる売掛金等は含まれないとされています。)

DIPIN58では、ローンやローンに係る取引(利払いなど)は、金融資産取引であると明示しています。ローン取引は、支払った、あるいは受け取った利子とあわせてローカルファイルで文書化する必要があるとしています。ほかにもDIPIN58では、収入には、包括利益として認識される収入、利益を含み、また、香港における平均従業員数は月平均として計算され、雇用関係に応じてパートタイムの従業員及び駐在員を含むものとする、としています。

〇提出期限

マスターファイル及びローカルファイルの準備・提出時期については、納税者は事業年度の終了後9か月以内にマスターファイル及びローカルファイルの準備が求められるものの、IRDからの要請がない限りは提出する義務はないとします。ただし、納税者のコンプライアンス遵守を確認するために、IRDは年度税務申告書の6か月以内に通常書面によるレビューを行うとされます。

〇提出義務

マスターファイル及びローカルファイルの提出義務のない納税者についても、DIPIN58では、関連者間取引の対価を独立企業間原則に基づき算出するために努力した証明として、移転価格文書を含む関連者関連に関する文書(企業の一般的事業内容及び組織、無形資産にかかる想定利益、比較対象企業の選定の範囲と基準、比較可能性を決定する要因の分析、有形資産・無形資産・役務提供にかかる前提、事業戦略、移転価格ポリシー等)を保存しておくことを奨励しています。これらは、IRDによる移転価格の調整が行われた場合にペナルティ緩和の役割を果たすでしょう。

〇国別報告書

さらにDIPIN58では国別報告書についても言及しています。収入基準額の算定、二重に税務上の居住地を所有する納税者、代理親会社による提出等、様々な状況における国別報告書の報告義務に関する実施例をあげています。特に、最終親会社が所在する国と香港との間の租税条約において、自動的情報交換の規定を定めていない場合は、国別報告書に当該子会社に関する記載を行い提出する必要はないことが示されました。国別報告書は、移転価格の調整の検討を行う初期段階のリスク審査過程の一部として使用されるため、香港において国別報告書を提出する必要のある納税者で、データの異常値が認められる場合は、IRDに対して説明ができるように、事前に準備をしておくことが推奨されてもいます。

〇移転価格文書作成の効果

香港の移転価格税制に従って文書を作成することは、移転価格調査の際の企業側の負担を軽くするためであるとDIPIN58では述べられています。IRDは香港企業が期間内に文書を用意し、法の順守に照らし、不備がないかをチェックし、もし準備を怠っていれば違法の疑いがもたれ、ペナルティの対象になることを明確にしています。逆に、IRDは納税者が独立企業間価格算定のために合理的な努力を果たしている場合には、加算税が課せられることはないと認めています。たとえば文書化を行っていないと、加算率50%(最大75%)の加算税が課せられることになりますが、文書化を行い、かつ合理的努力が認められた場合には加算課税が課せられることはありません。

3 まとめ

今回は特にDIPIN58に焦点を当て、マスターファイル、ローカルファイル、国別報告書の移転価格文書に係るガイダンスについて述べました。同時に公表されたDIPIN59では関連者の移転価格算定、移転価格分析の実施、ベンチマーク分析を実施する際のガイダンス、DIPIN60では恒久施設に係る移転価格についてのガイダンスが示されており、併せてみておく必要があるでしょう。

全体としていえることは、香港の移転価格規則はOECDの移転価格ガイドラインに沿って整備されているということです。今回公表された新しい3つのDIPINからも、BEPSプロジェクトにおける包括的なフレームワークを遵守するために、IRDが、香港税務条例(IRO)の広範囲な納税者情報を活用し、透明性の向上に努めていることがうかがえます。

しかしながら、現状では、文書化する際に、領域内取引を含め、どのようなケースで特定の取引が重要でないと判断され、移転価格分析に含める必要がないのかが不透明です。また、ローカルファイルの文書化が必要とされるオフショア取引に関しても、当該取引が香港法人税の対象ではない場合でもなんらかのコンプライアンス上の懸念が生じうるのか、など検討されるべき点も多く、今後も法整備は進んでいくと思われます。

納税者側も、マスターファイル、ローカルファイル及び国別報告書の文書化義務、および文書化の基準にかかわらず最低限必要とされる情報(例えば、移転価格分析)に関して精査を行うべきでしょう。