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移転価格の視点で捉える中国政府の「国家標準」施策

問題の視点

日本経済新聞は、2022年7月5日付朝刊1面で、「中国、ハイテクで外資「排除」 中核技術の移転求める」と題した記事を掲載しました。この動きを、移転価格の視点から、どのように捉えればよいのかを、考えてみたいと思います。

内容と解説

記事によれば、「中国政府は業界ごとに製品の技術などを定める「国家標準」で、ハイテク製品での外資排除を拡大する。中核部品を含めて中国で設計、開発、生産をするよう求める。外資企業は中核技術を渡すか、中国市場から事実上撤退するかの判断を迫られる。」とあります。

中国は、すでに2015年に「中国製造2025」と称し、2025年までにハイテク産業の育成をめざし達成するとしています。2018年には「中国標準2035」で、2035年までに技術標準の統一をはかるとして取り組んでいます。その間の2017年には、ITの整備をはかる法令を規定するなど、盛んです。

一連の取り組みは「規格化」であり、中国の国家標準を手掛ける国家標準化管理委員会と品質管理を担う国家市場監督管理総局が取り組んでいます。国として意義のある取り組みであることは間違いないでしょう。

ただ、その一方で、これら規格化にともない、その対応を迫られる日本をはじめとする海外企業にとっては、いろいろと考えるべきことがあるように思われます。

海外自動車メーカーの中国進出から学ぶ教訓

今回の「規格化」の問題を考えるとき、わが国の自動車メーカーが、90年代後半、こぞって中国に進出した経緯やてん末を、振り返っておくことは有用でしょう。

トヨタ、ホンダ、日産といった自動車メーカーが、中国で合弁企業を設立しました。中国の三大自動車メーカーとも言われる「第一汽車(FAW)」、「東風汽車(Dongfeng Motor)」、「長安汽車(Changan Automobile)」です。

当時、輸入車には高関税が課されていたことから、日本ばかりか欧州の完成車メーカー各社は、中国現地での生産を行うことを選択したのでした。その際の条件として中国政府は、中国との間で出資比率50:50の合弁企業を設立することを義務づけたのです。

海外企業が中国本土に進出した当時、中国においても、地場の完成車メーカーはたしかにありました。しかし、海外の完成車メーカーと同等の品質や性能の車を、中国の独立系のメーカーは製造することはできなかったのです。そこで政策として、「合弁企業」が課されたわけです。

その結果、どうなったのか――?

日本あるいは欧州の完成車メーカーから、中国へ、製造ノウハウなどの技術移転がはかられたのです。結果として、中国国内に100社以上の完成メーカーが乱立するほどになりました。ウィキペディアによれば、2013年時点で、中国政府は、自動車メーカー乱立による生産性の低さや過剰生産などの問題を克服するために、業界再編を進めています。現状も、同様の様相です。

「規格化」や「標準化」の名目により――

上の例は、自動車産業についてですが、先の新聞記事では、2022年「4月、複合機やプリンターなどのオフィス機器を対象とした国家標準を刷新する検討に着手した。今年中に意見募集案を策定し、2023年の実施を見込む。将来はパソコンやサーバーにも広がる可能性がある。」とあります。

ある産業では、製品の技術上のノウハウがわからぬように、一部の部品やユニットを完全に密閉し、分解(リバース)できない工夫が施されています。製品のノウハウが分からぬよう「クローズド・エンジニアリング」をはかっているのです。そこで、こうしたクローズド・システムの製品の技術ノウハウを知ろうと、「標準化」をはかろうとしていうのではなか、との疑念が湧きます。標準化に応じなければ、「この製品を売ることは、認めません」といい、海外メーカーに「踏み絵」を強いるのです。

「踏み絵」を踏まなければ、海外メーカーとしては、中国の巨大マーケットから締め出されてしまうことから、これは究極の選択と言えるでしょう。

合弁企業や共同開発を選択することは……

では、かつての自動車メーカーのように、合弁企業により、中国での「標準化」をはかる選択は、どうでしょうか。これは、日本をはじめとする海外メーカーにとって、安全な選択といえるのでしょう?

ここで、自動車の完成車メーカーに対する中国政府の対応を、再度、ふり返って見ることが有用だと思われます。

中国は、当初、出資比率50:50の合弁企業の設立を義務付けていましたが、この出資制限は、電気自動車などの新エネルギー車から段階的に解除され、2022年1月1日、完全撤廃されました。

2022年7月21日付の日経新聞(電子版)に、「中国電気自動車(EV)大手の比亜迪(BYD)は21日、2023年に日本の乗用車市場に本格参入すると発表した。」とありました。

内燃機関を有する従来型の自動車エンジン車は、部品点数も多く構造は複雑です。それに比しEVは、部品点数は少なく、構造も比較的シンプルです。そのためEVは、ガソリンエンジン車ほど製造や技術ノウハウを要しないと一般に言われています。かつては、いわゆる「擦り合わせの技術」を豊富に持っていた日本の完成車メーカーに優位性があったわけです。しかしそれらも、合弁企業により、すでに技術移転は済んだのです。有り体に言えば、日本を含む外国の完成車メーカーは、「用無し」になったも同然というわけです。そこで中国企業は、EVで日本市場に打って出てきた。

中国の知財法は改正されたものの……

中国は、米国トランプ政権下で知財保護がなっていないと強く非難されたことから、2020年10月、中国専利法(「専利法」は、日本の特許、実用新案および意匠を含んだ法令に相当)の第4次改正を急きょ行い、2021年6月1日から施行しました。

ただ、改正専利法にあっても注意を要する1つとして、共同開発などによる成果物の取扱いがあります。

中国専利法では、共同開発や開発を委託された会社であっても、特許または実用新案を出願できます。再許諾する権利も認められています。

そのため仮に、今回の「標準化」の対応のため、特定の中国の会社と共同開発を行う方法を選択したとしても、技術等の開発による成果物を、当該企業が、日本の企業に無断で特許または実用新案の出願をしても、法的には問題にならない可能性があるのです。

このような危険性を十分認識し、契約条項を十分検討するなど、トラブルの回避策を講じておくことが必須です。

移転価格の観点

「標準化」を前提に考えれば、日本企業には、もともと企業が当該分野で超過収益を生むものを、当局に開示することが求められることを意味します。そうした対象物は、移転価格において、「重要な無形資産」あるいは「ユニークな無形資産」と称されるものです。

つまり、当該技術ノウハウなどを日本の会社が有していることで、中国子会社(国外関連者)よりも、日本の会社が、より利益を獲得できる「理由」があるのです。

ところが、ひとたび「標準化」のために中国当局が知るところになれば、それらは「ユニーク」ではない、汎用技術ノウハウとなってしまいます。そうなれば、もはや日本の会社に多く利益を配分する理由はなくなってしまいます。

このことは、単に移転価格の問題にとどまりません。今後、「超過」収益が生じないわけですから、中長期的にみれば、継続して行われる研究開発や、次世代を見込んだ開発のための「原資」、つまりキャッシュ・フローを確保できず、究極的には、会社の存亡に関わる大問題が惹起する可能性すらあると言えるでしょう。

おわりに

報道によれば、「中国政府は業界ごとに製品の技術などを定める「国家標準」で、ハイテク製品での外資排除を拡大する」とあります。今後、「国家標準」の名を借りた、海外企業への技術ノウハウの開示は、続いていくことでしょう。

政策には、国の様々な思惑が絡んでいます。そのため一概には言えません。ただ、御社が、中国という広大なマーケットでの売上増・利益拡大を狙ったつもりが、結果的に、みずから己の首を絞めることにならぬよう、様々な角度からメリット・デメリットを分析し、事業戦略を組み立てる必要があるということは、間違いなく言えることでしょう。