国税局の国際課税部署の組織が改編されました~これからの移転価格調査はどう変化するのでしょうか?
新体制はどう変わったか
国税組織の事務年度(会社でいえば事業年度)は、7月から翌6月までですが、本年7月からの新事務年度では、国税局調査部の国際課税の専門部署として、「国際調査管理課」「国際調査課」「事前確認審査課」が、東京局・大阪局に設置されました(名古屋局も同様ですが「事前確認審査課」はありません)。
また、東京局および大阪局では、移転価格を含む国際課税全般について調査必要度が高いと認められる法人に対する調査を担当する部署として、「国際調査第1~3部門」(大阪局では「国際調査部門」)が設置されました。同様に、これまで移転価格のみ調査していた「特別国税調査官(移転価格)」は「特別国税調査官(国際担当)」となりました。
組織改編の背景・趣旨
国税庁調査査察部調査課 井澤伸晃・国際調査監理官の寄稿「組織改編の背景・趣旨」(『国際税務』国際税務研究会、2020年8月号)によれば、「国際取引に係る課税上の問題の拡大と複雑化が同時に進行」していることから、①「個別のビジネスモデルごとに異なる複雑な国外関連取引に対して柔軟に調査を展開すること」、②「多くの企業について幅広く国外関連取引に着目した調査を行うことが必要」であること、③国際課税に係る調査事務を効率的に進める」ことなどを目的に、組織改編が行われた模様です。
そのため、「法人管理を一元化し、国際課税面での包括的な法人管理の下で国際課税全体のリスクを評価」した上で、調査をするために、「移転価格など特定の分野を切り分けることなく国際課税全体の観点から法人管理を行い」運営していくとのことです。
この趣旨に鑑み、東京・大阪・名古屋・関東信越の各国税局ばかりか、「今後は、国際課税の部門部署がない国税局(所)への調査支援をより活発化させるなどの取組を通して、国際課税上の課題に対する全国ベースの組織力の向上を図る」とも記されています。
再考:組織改編の目的
寄稿では、井澤国際調査監理官の「個人的な見解」とあるものの、官職名が記されていることから、いわば公式見解と解してよいでしょう。
寄稿から分かることは、国際課税の強化が図られるということでしょう。その際、従来の移転価格のみをターゲットとする調査ではなく、移転価格を含んだ国際課税全般の調査を、同時に行うということを意味します。裏を返せば、移転価格という問題は、調査における1項目として取り扱うということです。
組織改編が行われた実情
ここからは、筆者の推測にすぎませんが、組織改編は、移転価格調査を取り巻く環境に大きな変化が生じてきたことが挙げられるのではないでしょうか。環境の変化をいくつか列記してみましょう。
- 平成28年度税制改正により導入・新設された移転価格文書の整備~とりわけローカルファイル
- 平成25年1月から施行された現行の国税通則法の実施
- 移転価格課税に係る訴訟の国側敗訴の複数の事件
- 納税者・関与税理士(弁護士含む)の移転価格に係る知見と訴訟ノウハウの熟成
一定金額以上の国外関連取引にローカルファイルの作成が義務づけられたことで、当局が移転価格の調査において、かつて多大な時間を要した事実確認や実態把握が、相当程度、効率的に実施できるようになったものと推察されます。
現行の国税通則法では、一度調査を実施すれば、再調査のためには「新たに得られた情報」が必要であることや、移転価格調査を専担部署が行う場合は、区分の同意を確認する必要があることなどから、一度の調査で、移転価格調査も実施できれば、上のような問題を回避できる余地があるでしょう。
また、移転価格を前面に示し調査を実施する場合には、納税者は相当これを意識し、場合によっては移転価格を専門とする税理士に別途依頼をはかるなど、納税者のガードが厳しくなるといった実態もあったことでしょう。
そこで、通常の調査の中で、1つのチェック項目として移転価格を含め調査を実施した方が、最終的には、当局にとって効率的であるという実情もあるように思われます。
今後の課題と対応
ここでは、今後の調査について、大胆に3つの点について予測してみましょう。
まず、1つ目は、国外関連取引の金額が、比較的少額であっても、移転価格調査が実施される可能性が高まったということです。これまで移転価格の調査の専担部署なら調査することもなかった金額でも、調査の1項目となったことで、調査が行われることが十分考えられます。
2つ目は、通常の調査の中で移転価格の問題が検討されることから、調査対応のガードが低くなり、調査が進むうちに、移転価格の問題が最重要あるいは調査の争点となっている、ということが考えられます。
そこで調査においては、所得移転の意図があるような発言や、調査官にそう捉えられるようなあいまいな説明を避けるべきでしょう。また、あらかじめ移転価格ポリシーなどを作成していくなどの対応が、今まで以上に必要になるものと思われます。
つまり、調査期間中、いつもどこかで「移転価格のことを問題視されていないか?」という意識を持ち続けることが大切でしょう。
3つ目は、国税通則法との関係です。現行の同通達4-1⑷イに示されている例外的な取り扱いとの関係が、今後、問題になると考えます。
現行の通達では、調査対応の納税者の事務的負担などから、当局が移転価格調査を実施する場合は、区分の同意の確認を当局は行うことになっています。組織改編後の調査においても、同様に実施されるのかが注目点としてあるでしょう。
なぜなら、組織改編以前は、移転価格調査部署は確定していましたが、改編後は、「国際担当」として包括的になることから、国税通則法に規定される税務調査手続との関係が問題になるものと考えられるためです。
おわりに
今般の国税局の組織改編は、移転価格調査が後退したと見るよりも、むしろ、一般の調査項目に紛れ込ませ、当局の移転価格調査が実施される、と見るべきでしょう。よって、移転価格調査は強化、あるいは、一般化されたと捉えるべきものと思われます。そして、移転価格の調査対象者の裾野が広がり、調査件数は今後、増加するでしょう。
なぜなら、すでに移転価格の専門家が様々な雑誌等のメディア媒体で情報発信しているように、税務署が所掌する法人の調査においても移転価格の問題が取り上げられているからです。国税局調査部の所掌法人ともなれば、通常、取引規模は多額であり、一層、移転価格調査が実施されると考えるべきです。
いずれにしても、会社・関与税理士が、これまで以上に、移転価格税制に関する知識を蓄え、調査に備える必要性が高まったと言えます。