新型コロナ下における東南アジアの移転価格調査予測
今回のテーマは、アジア諸国の移転価格調査が、新型コロナ下において、今後どのように展開されるかです。
東南アジアの課税庁に課される徴税目標
日本もそうですが、新型コロナにより、どの国も財政が大きく棄損しているのが現状といえるでしょう。そのようななか、諸外国、とりわけ開発途上国にあっては、歳入を担う課税庁に課される徴税目標は大変厳しいものとなっている事実を、私たち日本人はよく認識しておかなければ、今後の海外の課税庁の調査姿勢を見誤る可能性があります。
日本にあっては、課税庁たる国税庁に「本年度の徴税目標額は〇〇兆円」などといった目標額を、例えば、国会や政府が示すようなことはありません。そうしないのは、仮にそうした場合、国税当局と納税者との間がぎくしゃくしてしまうからです。別の言い方をすれば、自主申告納税制度の基盤となる信頼関係が棄損し、納税者のタックス・コンプライアンス(納税道義)に支障を来たし、モラルハザードすら生じかねないからです。長い目でみれば、そのマイナスの方が、徴税目標の達成以上に大きいといえるからでもあります。
日本国民のなかには、「いや、そんなことはない。税務職員の人事評価も給料も民間企業と同じで、成果主義でやっているんだろう」とお考えの方もおいでかも知れませんが、長年、当局の職員であった筆者としては、上記のように申し上げられます。
さて、この考えをそのまま、海外の課税庁に当てはめられるかとなると、違うと言わざるを得ません。
筆者は、3年間、フィリピン国税庁(BIR)の徴税強化の知的支援に従事した経験がありますが、BIRばかりか、他の徴税機関、例えばフィリピン関税局(BOC)などにも、年間における明確な「徴税目標額」が示されていました。
フィリピンの場合、国税庁長官は大統領が任命します。徴税目標が達成できず、達成できないことに正当な理由がなければ、解任されてしまうのです。BIRには、年間の徴税予測の約8割が課されており、その成果いかんが、そのままストレートに国家財政に影響したのです。
それだけではありません。目標額が達成できたか否かは、国際的な支援機関の「評価」にも影響するのです。
フィリピンであれば、世界銀行、IMF、USAID(アメリカ合衆国国際開発庁)などが支援活動を行っています。徴税目標が達成できたか否かは、まさに、フィリピンの財政再建の本気度を示す採点簿なわけです。そして、達成度合いに応じて、国際的な格付け会社が、国の格付けを行い、国債の格付けに跳ね返り、国際支援機関の支援額や民間投資に影響するのです。
つまり、BIRの徴税目標は、単に「目標」ではなく、国から与えられる「ミッション」そのものなのです。こうした状況は、今も同じです。
以上のことは、決してフィリピンという国の特殊事情ではありません。東南アジアであれば、シンガポールを除いては、似たり寄ったりです。開発途上国と呼ばれる国々の課税庁が置かれている、真の状況なのです。
そして今、東南アジアのどこの国々も、棄損した(し続ける)財政を、どのように立て直すか、その処方箋に頭を抱えているのです。この点を、私たちは肝に銘じて、海外の課税庁に対峙する必要があるのです。
ターゲットは外資系企業
これまでの話を前提に、はたして課税庁は、どこをターゲットにするかと考えれば、その国に進出し「稼いでいる」外資系企業となるのは、普通のことでしょう。自国の企業であれば、守ってあげるというインセンティブが働きます。
外資系企業であっても、当地で製造業を営んでくれていれば、自国民を雇用してくれる存在です。多少の配慮があるかも知れません。しかし、自国が輸入し、現地で販売するなどの小売業であれば、外資系企業には、キッチリと税金を払ってもらわねばならない、と課税庁は考えるでしょう(フィリピンのように、小売業は許認可制をとり、外国企業にはさせない、という国もあるぐらいです)。
そこで、課税の武器として用いられるのが「移転価格税制」となります。
昨今の東南アジア等の移転価格の税制等の改正
台湾を含む東南アジア各国の、最近の移転価格に関する税制改正などを、ハイライトで見てみましょう。どの国も課税強化にむけ取り組んでいることがおわかりになるはずです。なお、かっこ書きの年月日は、該当となる法令・通達等の通過・公表日を示しています。
ベトナム
四分位法から導かれる適正利益率レンジの下限値(25%部分)を、35%部分に引き上げ(2020年11月5日)
参考記事☞https://shin-sei.jp/itenkakaku_news/news_202101262126/
フィリピン
ローカルファイルの作成の義務化(一部免除規定あり)(2020年7月8、同年12月18日)
参考記事☞ https://shin-sei.jp/itenkakaku_news/news_202101262128/
マレーシア
2021年1月1日から適用となる、移転価格文書の提出がない場合のペナルティ規定などを明確化したFinance Act 2020を発遣(2020年12月1日)
台湾
無形資産取引に対する2017年版OECDガイドラインに基づく評価アプローチや、移転価格算定方法の導入をはかる旨の税制改正(2020年12月28日)
タイ
2019年1月1日から改正移転価格税制が本格的に施行され、本格的に調査を実施(2018年1月3日)
インドネシア
2017年、移転価格文書化を導入(2016年12月30日)後、移転価格の課税強化が継続中
留意事項
日本に親会社がある場合は、ほとんどのケースが、国外関連者が移転価格の検証対象となっているでしょう。このことは、国外関連者が存する国・地域の課税庁にとっては、ローカルファイルなどで選定されている比較対象取引(企業)について、じっくりと比較可能性を検討できることを意味します。
なぜなら、課税庁は、比較対象取引(企業)として選ばれている法人の財務データや事業の内容を、自分たちの申告データや過去の調査内容から確認できるからです。この点は、きわめて重要なことです。
例えば、ベトナムは、適正利益率レンジの下限値を、四分位法の下から25%のところから、35%に引き上げるとあからさまに決めました。仮に、国外関連者の売上高営業利益率や総費用営業利益率の実績値を、下限値あたりに貼りつかせる価格付けで移転価格をハンドリングしていた場合は、自動的に適正利益率レンジから外れてしまうことを意味します。統計理論もへったくれもない、まさに「取らんかな」の改正に他なりません。
しかし、だからといってベトナムが悪いとも断言できません。中国の国家税務総局のなかには、四分位レンジに入っていたとしても、中位値より上の実績値でなければ認めない、という運用をはかる調査官がいるからです。それを考えれば、ベトナムの35%規定は、まだ「まし」と言えるのかも知れません。
これらのことから、私たちは、多くの国々が、移転価格課税に前のめりだと考えた方がよいということです。
さて、TNMMによる片側検証では、国外関連者側がプラスであることを前提に、その下限値が問題になるのが通常です。しかし、現在の新型コロナ禍にあっては、日本の営業利益も国外関連者の営業利益も、ともにマイナスという、いわゆる「システムロス」の状態に陥っている企業グループも多いことでしょう。
そのため、仮に、国外関連者側がマイナスである場合は、税務調査の結果、親会社は持ち出さねばならないことになります。そうならぬように、説明が必要です。よほど資料を揃えておかなければ、これまで見たように「取る気」で来るのですから、海外の課税庁は許してくれないと考えるべきです。
そのためにも、下準備を、今から行っておくことが得策です。