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租税裁判における借用概念~ユニバーサルミュージック事件

はじめに

物事の1つの判断に、他の分野の考え方が用いられ、それが判断の決め手になることがあります。例えば、法人税における「法人」概念がそうと言えるでしょう。

今回取り上げるのは、租税裁判において、会社法の判例で用いられることがある「経営判断原則」の借用です。この点が争点の1つとなっている事件に、ユニバーサルミュージックがあります。

問題意識

1 経営判断原則とは

経営判断原則は、会社法(旧、商法含む)上、定義はなく、例えば、判例において、「企業の経営に関する判断は不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象にした専門的、予測的、政策的な判断能力を必要とする総合的判断であり、また、企業活動は、利益獲得をその目標としているところから、一定のリスクが伴うものである。このような企業活動の中で取締役が萎縮することなく経営に専念するためには、その権限の範囲で裁量権が認められるべきである。したがって、取締役の業務についての善管注意義務違反又は忠実義務違反の有無の判断に当たっては、取締役によって当該行為がなされた当時における会社の状況及び会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢の下において、当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、前提としての事実の認識に不注意な誤りがなかったか否か及びその事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から、当該行為をすることが著しく不合理と評価されるか否かによるべきである。」(東京地判平成16年9月28日判時1886号111頁)と述べられるように、捉えられています(下線は、筆者)。

2 アパマンショップ株主代表訴訟上告審判決

「アパマンショップ株主代表訴訟上告審判決」(平成22・7・15最高裁第一小法廷判決、平成21年(受)第183号損害賠償請求事件、破棄自判)は、事業再編計画の一環としての株式取得の方法や価格についての取締役の決定が、善管注意義務に違反する場合について、判事したものです。

この判決は、高裁判決を破棄自判した比較的珍しいことに加え、株式の交換価格について職業専門家たる複数の職業専門家が算定した金額を採用せず、まさに経営判断原則を採用し判事しています。

(1)専門家の判断と経営判断原則との対比

アパマン事件で興味を惹くのは、専門家の判断が、経営判断原則との関係において後退している点です。たしかに、専門家の判断は、判断を下す前提条件が、判断が求められる対象物に関する事象等に限られることから、上の「1 経営判断原則」の下線部分、すなわち「会社の状況及び会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢」などと広範に及ぶ余地があるでしょう。そのため専門家の判断は、経営判断原則にいわば包含される形と見ることもできるのかも知れません。

この視点に立てば、経営判断原則は、より上位の判断基準と言うことができるでしょう。

しかしその一方で、当該原則に、例えば「文化」が含まれているように、曖昧さが内在しており、当原則を用いる場合には、抑制的でなければいけないものと思料されます。

実際、当判決の評釈として、落合誠一・中央大学教授は、原審との比較を行い、「本最高裁判決は、経営者の経営判断には、一般の注意義務判断の場合とは異なり、経営判断原則の適用があるから、原則的に経営者の経営判断は尊重されることになり、裁判所による吟味・介入は、例外的な場合に限定されるとしているのである」と指摘されています(商事法務No.1913.7頁)。

(2) 経営判断原則の租税判決への借用~法分野間のクロスロード問題

さて、租税判決のユニバーサルミュージック事件について見て行きましょう。これは、国際的な組織再編を行うなかで、合併等により、日本の法人に借入金を発生させ、それに係る支払利息を日本の法人が負担する(debt push downスキームと呼ばれることもあります)ことにより、所得金額を減じたとして、同族会社等の行為計算否認規定(法人税第132条)により、国税当局が課税を行い、日本の法人がその取り消しを求めたものです。

当該事件の第一審において、経営判断原則が用いられました。そして、控訴審においても同様の考え方が採られています。

当事件は、租税の裁判で、はじめて経営判断原則が前面から用いられたものではないでしょうか。

当判決については、妥当だという見方もあれば、いささか行き過ぎたところがあるという論者もいます。後者の場合、もともと行為計算否認の規定は、他の法人が同様の行為を取り得るのか、換言すれば、課税負担公平原則の観点から設けられた規定であるからことを論拠にします。そのため、その適否の判断を下す際に、判決のように、ユニバーサルミュージックという世界的なグループ全体における経営判断までも考慮するとなれば、もはや、日本にける単体の法人(本件の納税者)が行った行為の適否の判断を下すことが、土台無理になるのではないかと見るわけです。

3 まとめ

以上のように、「アパマンショップ株主代表訴訟判決」で用いられた経営判断原則は、会社法から租税法といった他の分野にも影響を及ぼしています。これは、異なる法分野への経営判断原則の借用概念の拡張問題として捉えることもでき、異なる問題が提起されているとも考えられます。

さて、ユニバーサルミュージック事件については、国が最高裁に上告しています。判断が注目されるところです。

〔参考:ユニバーサルミュージック事件〕
第一審:令和1年6月27日、東京地裁判決、平成27年(行ウ)468号
控訴審:令和2年6月24日、東京高裁判決、令和1年(行コ)第213号