「デジタル経済下における国際課税研究会」が中間報告書を公表 | 移転価格.com | 国際税務専門の税理士事務所|信成国際税理士法人
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租税裁判:ロケーション・セービング・その他現地市場の特徴から生じる残余利益の扱いについて~日本ガイシ事件(その2)~

はじめに

東京高裁は、2022年3月10日、第一審の判決を是認し、控訴および付帯控訴のいずれも棄却しました。国と納税者ともに上告等を行わなかったことから、本件課税処分のおおむね全額を取り消した第一審が確定したものです。

なお、本事件は、すでに弊社ホームページの本「ニュース」で取り扱っている「日本ガイシ事件」の続編となります。事案の概要や一部の争点については、前回のニュースをご覧ください。

判決文における重要な判示

判決において、大変重要な部分として、次の判示が認められます。

「「重要な無形資産」であるか否かを問わず,分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因と認められる限り,これを分割要因とするものであると解される。これは,超過利益は必ずしも重要な無形資産のみによってもたらされるとは限らず、また,重要な無形資産だけではなく,これと共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られることがあるという経済及び取引の実態を踏まえ,分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因と認められる限り,これを分割要因とすることによって,内国法人と国外関連者との間で分割対象利益を適切に分割して独立企業間価格を認定するというものであり,同様の状況下にある独立企業間であれば合意により期待又は反映されるであろう利益の配分に近似させるものであって,合理的な定めであると認められる。」(下線は筆者)

とりわけ、下線の部分が注目されます。判決でははっきりと、超過利益が重要な無形資産だけから形成されるのではないことを、示しています。

判決では、「他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られる」と言っています。

本件では、地裁判決で「追加の設備投資は,本件国外関連者が自動車メーカーの要求する本件製品の生産能力を確保するために不可欠であったものであるが,かかる生産能力の確保がされたために,本件国外関連者は自動車メーカーとの間で長期の契約期間による供給契約を締結することができ,2社寡占状態を継続させて高いシェアを維持するとともに■ことができたのであるから,これらの利益発生要因との関係でも,追加の設備投資による貢献は重要なものであったといえる。そして,これら初期及び追加の設備投資(本件設備投資)は,本件製品の生産構造につき資本集約度を高めるものであり,損益分岐点を大きく超える売上高が得られたことと相まって規模の利益をもたらしたという点でも,重要な貢献をしたものである。」(下線は筆者)として、「本件設備投資に係る減価償却費」(厳密には、「超過減価償却費」なる部分)を、「研究開発費及び本件国外関連者の■部門費と同等のウエイトにより,残余利益の分割要因とするのが相当である。」と分割ファクターの費用に追加しました。

判決のインパクト

本判決のインパクトは、従来、残余利益分割法における残余利益部分は、重要な無形資産のみにより形成されるとの暗黙の了解があったことが、それ以外の何かも形成に寄与することを認めたことでしょう。

「それ以外」として考えられる1つに、いわゆる「ロケーション・セービング」があります。ロケーション・セービングについては、移転価格の通達である「移転価格事務運営要領(事務運営指針)」の「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」の【事例20】(人件費較差による利益の取扱い)で取り扱われています。

また他の1つに、「その他現地市場の特徴」が考えられ、【事例21】(市場特性、市況変動等による利益の取扱い)で扱われています。

ただ、これらについては、誤解を恐れず言えば、比較対象取引が同じ市場にあれば、それらすべては同じ経済環境であることから一律に扱えばよい――という、暗黙の了解があったのではないかと思料されます。

こうした暗黙知に対して、OECDのBEPSプロジェクトの最終報告書(2015年10月)を受けた 2017 年版のガイドラインの第1章では、「D.6 ロケーション・セービング及びその他現地市場の特徴」なる節を設けられ、パラグラフ 1.139 から 1.143 で取扱いが示されました。

それらによれば、基本的に、上で説明した一律に扱う考え方をベースに、それから外れた場合には、企業メンバー間の配分が示されています。しかし、その配分方法については、具体的にどうすべきなのか、判然としないところがあるのも事実でしょう。

そのためわが国においては、当局が、本件判決を受け、「ロケーション・セービング及びその他現地市場の特徴」に係わる具体的な配分方法を、例示でもよいので、何か示す必要があるのではないかと考えます。

本件の特殊性

本件は、納税者の主張が全面的に認められたものですが、本件の考え方(設備投資に係る一定の減価償却費を分割ファクターに用いること)が、今後、いかなる事案においても用いることができるかとなると、はなはだ疑問です。

判決を読む限り、国外関連者が関係する市場は、2社寡占の市場です。また、設備投資の意思決定は、ポーランドの子会社がすべて行っていたようです。こうした状況下で、設備投資を行うことにより、経済学でいう「規模の経済」が働き、超過利益の発生に寄与していたとなったようです。

もっともその裏付けとして、東大・一橋の各大学院経済学研究科教授が作成した意見書が納税者から裁判所に提出されてもいます(残念ながら、意見書の全文を判決で読むことはできません)。

このように特定の経済状況のうえに本件があり、「重要な無形資産だけではなく,これと共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られ」ていたことも、他の案件に当てはめる場合は、あらかじめ念頭に置かねばならないことでしょう。

おわりに

本件が、上のような特殊な経済状況下にある市場であり、また、ポーランドの国外関連者が、事業戦略における意思決定のうえでは、日本の親会社からあたかも完全に独立した事業体であったとしても、どのような特殊な経済状況であれば、はたして「相互に影響しながら一体となって残余利益」が生まれると認められるのか、その条件を今後は検討し、納税者、実務家の中で定着させていくことが望まれるでしょう。

今後の移転価格の実務をいっそう充実させる点からは、きわめて大切なことだと思われます。

このような「条件」の検討と形成は、ひとえに生の事案をモチーフに行う必要があるでしょうから、経済学者の方々とともに、実務家が参画した実証研究が、求められるようになるのでしょう。

いずれにしても、今回の判決により、残余利益分割法の取扱いに大きな風穴が開いたことには違いなく、残余利益に対する取扱いについて、今後、大いに議論されることが望まれます。

また、当局の新たな考え方が、通達・事例集などを通じ、早々に発信されることを、切に期待するものです。

〔参考:日本ガイシ事件〕
原審:東京地方裁判所 平成28年(行ウ)第586号
控訴審:東京高等裁判所 令和3年(行コ)第25号